今回から,いよいよ線型代数の本論へと話は移っていきます.
正則行列
 行列の定義では特に行列の形(型)を定めませんでしたが,以後特に大事になってくるのは正方形の形をした正方行列です.
 \(n\)次正方行列全体の集合を考えてみると,この集合の行列はすべて同じ\((n,n)\)型をしていますから和や差が計算できます.あるいは正方行列だから,積も計算できます.行列には一般に商が定義できない,という風に前に説明しましたね.そこで,実数で商がどのような演算だったか,思い出してみましょう.
 ある実数を「実数で割る」ということは,その実数の逆数をかけるということでした.\(a\)の逆数,というのはなんだったかというと\(\displaystyle\frac{1}{a}\),つまり\(a\)にかけて1になる実数のことです.ただし,\(0\)には逆数がありませんでした.
 そこで,これを行列の場合に当てはめてみましょう.なぜ,行列には商が定義できないんでしょうか?特に正方行列にだけ話を絞って,この問いに答えようと思います.この問いに答えるために,正方行列に対して逆数ならぬ「逆行列」があるかどうか考えてみたくなります.逆数をかけるということが商でしたから,「逆行列」が存在すれば行列の商も定義できそうです.逆数は「かけて1になる数」というのが定義でしたが,行列の場合「実数の1」に相当するのが単位行列\(E_n\)でした.そこで,以下のように問題提起がされます:

「\(n\)次正方行列に対して,かけて単位行列\(E_n\)になる正方行列は存在するか?」

 実はこの答えは「行列に依る」です.存在する行列もあるししない行列もあります.\(O\)以外にも逆行列を持たない行列があるので,商が定義できないんですね.




定義3.1 \(n\)次正方行列\(A\)に対して,\(AB=BA=E_n\)となる\(n\)次正方行列\(B\)が存在するとき,行列\(A\)のことを正則行列という.このような\(B\)を正則行列\(A\)の逆行列といい,\(A^{-1}\)で表す.◆

Ex) (1) \(E_n\times E_n =E_n\)より単位行列は正則行列で,逆行列は単位行列自身.


(2) \[\left(
\begin{array}{ccc}
2 & 1\\
1 & 2
\end{array}
\right)\]の逆行列は,\[\frac{1}{3}\left(\begin{array}{ccc}
2 & -1\\
-1 & 2
\end{array}\right)=\left(\begin{array}{ccc}
\frac{2}{3} & -\frac{1}{3}\\
-\frac{1}{3} & \frac{2}{3}
\end{array}\right)\]である.
(3) \(O\)にどんな行列をかけても\(O\)であったから,正方行列\(O\)は正則でない.

(4) \[X=\left(
\begin{array}{ccc}
1 & 1\\
1 & 1
\end{array}
\right)\]は正則行列でない.もし正則行列であるとすると,
\[\left(
\begin{array}{ccc}
1 & 1\\
1 & 1
\end{array}
\right)\left(
\begin{array}{ccc}
a & b\\
c & d
\end{array}
\right)=\left(
\begin{array}{ccc}
1 & 0\\
0 & 1
\end{array}
\right)\]となる行列が存在する.\(a,b,c,d\)を求めよう.左辺の積を計算して右辺と照らし合わせると\[a+c=b+d=1,a+c=b+d=0\]をみたすことになるが,これは明らかに矛盾している.よって,\(X\)は正則行列でない.◆

 これからのしばらくのテーマは,「どのような正方行列が逆行列を持つか?」ということになります.正則行列であるための必要十分条件は3つか4つかくらいありますが,これからその条件を学ぶことがしばらくの線型代数の学習の目標です.そのためにさらに多くの概念が登場しますが,頑張って付いてきてください.そして,その3つか4つの条件を知った頃には1年の線型代数の学習のおよそ半分が終わります.




Exercise
3.1 Ex)(4)では\(\left(
\begin{array}{ccc}
1 & 1\\
1 & 1
\end{array}
\right)\)に逆行列が存在しないことを示したが,逆行列が求められるものに対しては,同じような方法を使えば逆行列が求められるであろう.そこで,次の逆行列を求めよ.(この方法では,せいぜい3次行列が限界である.もっと大きい行列に対して逆行列をどのように求めるかは,これからの線型代数の学習の大きな課題になる).
\[ (1) \left(
\begin{array}{ccc}
2 & 2\\
2 & 1
\end{array}
\right)\;\;\;\; (2) \left(
\begin{array}{ccc}
1 & 2\\
3 & 4
\end{array}
\right)\]

3.2 3.1と同じ方法で一般の2次正方行列\(\left(
\begin{array}{ccc}
a & b\\
c & d
\end{array}
\right)\)に対して,これが正方行列であることの必要十分条件を\(a,b,c,d\)を使って表せ.また,逆行列が存在するとき,その逆行列を求めよ.

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