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前回は次の定理が成り立ちそうだというところまで、具体例を通して話をしました。簡単に言えば「すべての行列は基本変形を繰り返すことで,左上から1がいくつか並び他はすべて0であるような標準形にできる」ということになります.

定理5.2
すべての行列は,基本変形すなわち
各$i$について,$i=1$から順に
($i$-a)$(i,i)$成分に$0$でない数がくるように,「$i$行目及び$i$列目」以降の範囲で,行と列を入れ換える(これが不可能ならば終了).
($i$-b)$(i,i)$行目を要にして,$i$行目と$i$列目を掃き出す.
という操作を繰り返すことで,
\[
\begin{array}{rl}
\begin{pmatrix}
1& & &&\\
&\ddots & & &\\
& & 1 &&\\
& & & \\
& & &
\end{pmatrix}
\end{array} = \begin{array}{rl}
\begin{pmatrix}
E_r & O\\
O & O
\end{pmatrix}
\end{array} =: F_r\]
という基本形に変形できる.ただし$r$は行列に依る自然数で,1の並ぶ個数を表している.

厳密には数学的帰納法を用いますが、基本的な変形の発想は前回の具体例で紹介をしたのでここでこれを改めてきちんとした証明の形で書き直すことはいたしません。大事なのは次の主張です:

定理6.1
前定理における1の並ぶ個数$r$は,行列に依るが,基本変形の仕方によっては変わらない.つまり,同じ行列を違う方法で変形しても,最終的に並ぶ1の数は同じである。

 これはとても大事な主張です.前回解説した基本変形はあくまで一例に過ぎず,別のやり方でやっても,同じ基本形に行き着くよ,と言っているのです.基本変形及びブロック行列についての練習になるので,これについては証明をしたいと思います.少し難しいので読み飛ばしても構いません.

proof

行列$A$が,基本変形によって$1$が$s$個並んだ基本形$F_s$になり,あるいは別の変形で$1$が$t$個並んだ基本形$F_t$に変形できたとする($s\leq t$).定理6.1(基本変形は,左右から正則行列を掛けることで実行される)より,正則行列$P_1,P_2,Q_1,Q_2$を用いて\[P_1AQ_1=F_s,\;P_2AQ_2=F_t\]と表される.前者より$A=P_1^{-1}F_sQ_1^{-1}$だから\[P_2P_1^{-1}F_sQ_1^{-1}Q_2=F_t\]すなわち正則行列$P=P_2P_1^{-1},Q=Q_1^{-1}Q_2$を用いて\[PF_sQ=F_t\]となる.左上から$s$行$s$列を切り取るように区分けをする:\[P=\begin{array}{rl}
\begin{pmatrix}
P_{11} & P_{12}\\
P_{21} & P_{22}
\end{pmatrix}
\end{array},\;\;\;Q=\begin{array}{rl}
\begin{pmatrix}
Q_{11} & Q_{12}\\
Q_{21} & Q_{22}
\end{pmatrix}
\end{array},\;\;\;F_s=\begin{array}{rl}
\begin{pmatrix}
E_s & O\\
O & O
\end{pmatrix}
\end{array}\]これを用いて具体的に計算すると\[PF_sQ=\begin{array}{rl}
\begin{pmatrix}
P_{11} & O\\
P_{21} & O
\end{pmatrix}
\end{array}\begin{array}{rl}
\begin{pmatrix}
Q_{11} & Q_{12}\\
Q_{21} & Q_{22}
\end{pmatrix}
\end{array}=\begin{array}{rl}
\begin{pmatrix}
P_{11}Q_{11} & P_{11}Q_{12}\\
P_{21}Q_{11} & P_{21}Q_{12}
\end{pmatrix}
\end{array}\]\[\therefore \; \begin{array}{rl}
\begin{pmatrix}
P_{11}Q_{11} & P_{11}Q_{12}\\
P_{21}Q_{11} & P_{21}Q_{12}
\end{pmatrix}
\end{array}=F_t\]この等式に着目せよ.$P_{11}Q_{11}$は$s$行$s$列で$s\leq t$であるから,$F_t$の形より$P_{11}Q_{11}=E_s$.すなわち$P_{11},Q_{11}$は正則.さらに,$P_{11}Q_{12}=O$より$P_{11}^{-1}$を左からかけて$Q_{12}=O$を得る.従って$P_{21}Q_{12}=O$である.これは,$t=s$を意味している.

 

定義6.2 行列$A$に対し,定理6.1で定まる1の並ぶ個数$r$を$A$のrank(階数)といい,${\rm rank} A$で表す.◆

補題6.3
$n$次正方行列$F_r$($r\lt n$)は正則でない.
proof

$F_r$($r\lt n$)の$n$行目はすべて0であるから,どのような$n$次正方行列$A$を右からかけても$F_rA$の$n$行目はすべて$0$になってしまう.つまり,$F_rA=E_n$となることはない.


定理6.4
$A$を$n$次正方行列とする.$A$が正則であることと${\rm rank}\:A=n$であることは同値.

第3回で「どのような行列が正則で,どのような行列が正則じゃないのか?」という問いを投げかけたと思いますが,それに対する一つの答えがこれです.

proof

$(\Longrightarrow)$
$PAQ=F_r$とする.$A$が正則のとき,$PAQ$も正則だから$F_r$も正則である.補題6.3より$r=n$である.

$(\Longleftarrow)$
$PAQ=E_n$となったとすると,$A=P^{-1}Q^{-1}$だから$A^{-1}=QP$で$A$は正則である.

系6.5
$A$が$n$次正則行列ならば,左基本変形のみによって$E_n$に変形できる.
proof

$A$は正則行列なので,ある正則行列$P,Q$が存在して,$PAQ=E_n$となる.右から$Q^{-1}$を掛けると$PA=Q^{-1}$.
さらに左から$Q$をかけて$QPA=E_n$.従って,$A$に$QP$の表す左基本変形を施せば,$E_n$に変形できる.ここで,$Q$はもともと右基本変形を表す行列であったが,
それを左から掛けるとある左基本変形を表すことに注意しよう.





逆行列の計算方法
 基本変形を用いると,逆行列を求められます.$PA=E_n$という式は,
・$A$の逆行列は$P$である
・$A$に左基本変形$P$を施すと,単位行列になる
という2つの解釈ができます.$E_n$に左基本変形$P$を施すと$PE_n=P$になることから,$A$に施した基本変形と全く同じ変形を$E_n$に施せば,$A$の逆行列$P$が得られます
 これを実用上は次のようにします:$A$と$E_n$を二つ横につなげて$n\times 2n$行列だと思うことにして$(A\; E_n)$と書きます.ここに左基本変形$P$を施せば\[P(A\; E_n)=(PA\; PE_n)=(E_n\; P)\]となるわけです.つまり,このように2つつなげた行列の左半分を単位行列になるよう基本変形していけば,勝手に右側に$A$の逆行列が浮かび上がってくるというのです.大事なのは左基本変形(行に関する変形)しかできないということです.

$\left(\begin{array}{ccc}
1 & 3 & 2\\
2 & 6 & 3 \\
-2 & -5 & -2
\end{array}\right)$の逆行列を考える.
$\left(\begin{array}{cccccc}
1 & 3 & 2 & 1 & 0 & 0\\
2 & 6 & 3 & 0 & 1 & 0\\
-2 & -5 & -2 & 0 & 0 & 1
\end{array}\right)\overset{}{\underset{{\rm (1,1)を要に}}{\longrightarrow}}
\left(\begin{array}{cccccc}
1 & 3 & 2 & 1 & 0 & 0\\
0 & 0 & -1 & -2 & 1 & 0\\
0 & 1 & 2 & 2 & 0 & 1
\end{array}\right)\overset{}{\underset{{\rm 行の交換}}{\longrightarrow}}
\left(\begin{array}{cccccc}
1 & 3 & 2 & 1 & 0 & 0\\
0 & 1 & 2 & 2 & 0 & 1\\
0 & 0 & -1 & -2 & 1 & 0
\end{array}\right)$
$\overset{}{\underset{{\rm (2,2)を要に.3行目を(-1)倍}}{\longrightarrow}}
\left(\begin{array}{cccccc}
1 & 0 & -4 & -5 & 0 & -3\\
0 & 1 & 2 & 2 & 0 & 1\\
0 & 0 & 1 & 2 & -1 & 0
\end{array}\right)\overset{}{\underset{{\rm (3,3)を要に}}{\longrightarrow}}
\left(\begin{array}{cccccc}
1 & 0 & 0 & 3 & -4 & -3\\
0 & 1 & 0 & -2 & 2 & 1\\
0 & 0 & 1 & 2 & -1 & 0
\end{array}\right)$
よって,$\left(\begin{array}{ccc}
1 & 3 & 2\\
2 & 6 & 3 \\
-2 & -5 & -2
\end{array}\right)^{-1}=\left(\begin{array}{ccc}
3 & -4 & -3\\
-2 & 2 & 1\\
2 & -1 & 0
\end{array}\right)$と求まる.

$\left(\begin{array}{ccc}
2 & -1 & 2\\
-4 & 3 & -3 \\
0 & 1 & 1
\end{array}\right)$の逆行列を考える.
$\left(\begin{array}{cccccc}
2 & -1 & 2 & 1 & 0 & 0\\
-4 & 3 & -3 & 0 & 1 & 0\\
0 & 1 & 1 & 0 & 0 & 1
\end{array}\right)\overset{}{\underset{{\rm (1,1)を要に}}{\longrightarrow}}
\left(\begin{array}{cccccc}
1 & -1/2 & 1 & 1/2 & 0 & 0\\
0 & 1 & 1 & 2 & 1 & 0\\
0 & 1 & 1 & 0 & 0 & 1
\end{array}\right)\overset{}{\underset{{\rm (2,2)を要に}}{\longrightarrow}}
\left(\begin{array}{cccccc}
1 & 0 & 3/2 & 3/2 & 1/2 & 0\\
0 & 1 & 1 & 2 & 1 & 0\\
0 & 0 & 0 & -2 & -1 & 1
\end{array}\right)$
ここで3行目が全て0になり,行基本変形のみでは(3,3)成分に1を持ってくることができない!
与えられた行列は左基本変形を施すと$\left(\begin{array}{ccc}
1 & 0 & 3/2\\
0 & 1 & 1 \\
0 & 0 & 0
\end{array}\right)$になるということから,与えられた行列はそもそもrankが2であったことが従う(逆行列を持たない).この方法は,逆行列かどうかの判定も同時にできる





演習問題

6.1 次の行列は逆行列を持つか?持てばそれを求め,持たなければその行列のrankを答えよ.
$(1)\;\left(\begin{array}{ccc}
1 & 2 & 3\\
1 & 2 & 4 \\
2 & 2 & 2
\end{array}\right)$$(2)\;\left(\begin{array}{ccc}
0 & 2 & 3\\
1 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 2
\end{array}\right)$

$(3)\;\left(\begin{array}{ccc}
-4 & 1 & -1\\
-3 & 0 & -3 \\
1 & -1 & -2
\end{array}\right)$

6.2任意の正則行列は幾つかの基本変形を表す行列の積で表せることを示せ.

6.3$\left(\begin{array}{ccc}
1 & 2 & 3\\
4 & 3 & 4 \\
5 & 5 & a
\end{array}\right)$が逆行列を持たないように定数$a$を定めよ.

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